「Bonnie & Clyde」 ― 二人の凶悪犯がカルチャーアイコンになった理由
「Bonnie & Clyde」
音楽や小説、ファッション、映画が好きな僕らなら、一度は聞いたことがあるフレーズだ。
「明日がすれ違い出すBonnie & Clyde / ただ今じゃわかるあの日 I Know You Cried」
『One More Dance (feat. IO, Gottz & Holly Q)』 by 「Kandytown」
丈に合わないスタンドマイクを上げ歌うHolly Qの姿は、公開から3年半経った今でも記憶に新しい。
ジャンルの垣根を超え、様々なカルチャーシーンでサンプリングされてきた「Bonnie & Clyde」。「反抗」、「自由」、「愛する二人」など、美しいアウトローを印象付けるような記号だ。けれど史実だけを見れば、強盗や殺人を繰り返した犯罪者でもある。最近、aespaのGISELLEが史実上のボニーとクライドの写真をInstagramに投稿し、「何人も殺した犯罪者の写真を載せるなんて幼稚だ」といった批判が出ていた。
しかしどうしてボニーとクライドは、カルチャーの中で引用されるようになったのだろう。
その背景が知れれば、僕らが好きなカルチャーも「正しく」楽しめそうな気がする。まずは二人が事件を起こしていた当時、「1930年代のアメリカ」から見ていこう。
「Bonnie & Clyde」の誕生
コンビニのおにぎりがついに200円となり、ローソンは「一人暮らしを始めた大学生の夜食」みたいな弁当を発売した。しかし僕たちが直面する「不景気」よりもずっと直接的に、社会そのものが信用できなくなっていた時代があった。1930年代のアメリカだ。
その頃のアメリカは、世界恐慌の真っただ中。会社が潰れ、人々は仕事を失い、銀行は破綻する。ある人はわが家を失い、またある人は農地を失った。そんな人が大勢いた時代だ。そんな時期にボニー・パーカーとクライド・バロウは世間を賑わせはじめる。

銀行を襲い、車を盗み、警察から逃げ続ける若い男女。格好は非常にスタイリッシュ。
もちろん、彼らは義賊ではないし、盗んだ金を貧しい人々に配っていたわけでもない。社会正義のために犯罪をしていたわけでもないし、殺人にも関わっている。それに、実際の彼らの逃亡劇はもっと泥臭いものだった。町から町へ逃げ、路肩で食事をしながら追跡を躱す毎日。それでも彼らは、不景気で生活に苦しむ中の一部の人々の目には、まるで「自由の翼」のような美しい反抗者として映った。
ここで、強盗殺人犯としての「ボニーとクライド」と、「反抗」、「自由」、「愛する二人」の記号としての「Bonnie & Clyde」が分離し始める。
カルチャーシーンへの移動
時は過ぎ、1967年アメリカに舞台は移る。『俺たちに明日はない』、原題では『Bonnie and Clyde』が公開される。
フェイ・ダナウェイがボニー・パーカーを演じ、ウォーレン・ベイティがクライド・バロウを演じた。二人もまた、美しく、若く、反抗的だった。1930年代のアメリカでの出来事を映画化したわけだが、どういうことか1960年代に生きる若者の心を強烈に動かした。

その背景には、当時のアメリカの深刻な社会情勢があった。ベトナム戦争が起こり、学生運動が行われていた。大学に通っている若者が、数か月後にはベトナムの戦場へ送られるかもしれない。テレビをつければ、自分と大して年の変わらない兵士がベトナムで死んでいる。大学では戦争についての討論会が開かれ、週末には反戦デモへ向かう友人がいる。
そんな時代を生きる彼らの目に、社会からはみ出し、権力から逃げ、二人だけで生きようとする男女がどのように映ったかは言うまでもない。「Bonnie & Clyde」は、その時代を生きる若者が自分を重ねられる存在となった。
そしてその時すでに、「Bonnie & Clyde」は「映画」という大量消費されるカルチャーのフォーマットに乗っていた。それは、カルチャーシーンにおける「反抗」、「自由」、「愛する二人」などの記号に置き換わった転換点でもある。

記号の浸透
それからは早かった。音楽業界では1968年にSerge GainsbourgとBrigitte Bardotが、『Bonnie and Clyde』を出し、2002年にはJay-ZとBeyoncéが『'03 Bonnie & Clyde』を出した。もちろんここでは、「危険な男女」、「何があろうと共にいる二人」という記号として「Bonnie & Clyde」が用いられている。
ファッション業界にも二人のイメージは持ち込まれた。映画でフェイ・ダナウェイが見せた、ベレー帽にニット、膝下丈のスカート。いつしかそれらは、実在したボニーの服というより、「Bonnie & Clyde」らしさを表すスタイルになっていく。
J.Crewは2011年秋冬のコレクションで『俺たちに明日はない』を着想源の一つにし、ハイウエストのワイドパンツやクラシックなニットにその雰囲気を取り入れた(Vogue — Daisy and Bonnie: J.Crew’s Fall Muses)。さらにAkrisも、2014年のPre-Fallで映画の二人をコレクションの着想源にし、二人が乗っていたFordの車体色まで調べて服の配色へ落とし込んでいる(Vogue — Akris Pre-Fall 2014)。
僕らはボニーとクライドを知った
制作する側は二人をよく調べたうえで引用するわけだが、それを楽しむ側の人が毎回その元ネタを知っているとは限らない。記号として使われれば使われるほど、元あった出来事や事情は少しずつ削られていく。
そして今、僕らの前に残っているのは、強盗と殺人を繰り返した史実上の「ボニーとクライド」と、反抗、自由、共犯、愛を背負ったカルチャーアイコンとしての「Bonnie & Clyde」だ。
二人に家族を殺された人がいる。その一方、世界恐慌の中で、母国が戦争をする中で、二人に自らを重ね希望を見出した人がいる。今僕らが触れている「Bonnie & Clyde」は、そんな人たちの感情を何度も通り抜けて、音楽や映画、小説、ファッションの中に残ったものだ。
記号としてかっこいいニュアンスだけを切り取るのではなく、様々な「人」と「思い」の上に成立する表現として、僕らはを「Bonnie & Clyde」を楽しみたい。
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