80's アクリルカーディガン × 梶井基次郎『檸檬』

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2026/10/4

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Writer

Natsuki Hamada

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80's アクリルカーディガン × 梶井基次郎『檸檬』

10月に入り、空気は一層ひんやりとしてきた。雨続きの9月とは打って変わり穏やかな秋の始まりを感じる。羽織るのが待ち遠しかったお気に入りのカーディガン達を出してみた。ウールにカシミヤ、アクリルなど様々だ。

 僕らが格好いいと思う大人は、いつだって一番高価なものを選ぶ人ではない。上等なものも、少しチープなものも、その日の気分でさらりと手に取る。そんな姿には、不思議と余裕がある。

 今年の秋一発目のアウターは、メリノウールでもカシミヤでもなく、アクリルを選びたい気分だ。

 なんせここ最近は雨が続いていた。またいつ降られ、どれほど続くのかもわからない。水分を吸いにくく乾きやすいアクリル素材は、そんな事情にも寄り添ってくれる。洗濯表示さえ守れば、ガシガシ洗えて日常使いしやすいのもうれしいポイントだ。

 他にも「軽い」、「虫害を受けにくい」、「発色がいい」など、いいところはたくさんある。こうして並べてみると、なかなか優秀な素材であることは明確だ。アクリルはウールに似た嵩高い糸を作りやすく、セーターやブランケットなど、もともとウールが使われてきた領域に広く普及してきた。 しかしアクリルのカーディガンと聞けば、モヘアやカシミヤ、上質なウールのものとは違って、どこかチープな印象もある。

 こんなにもメリットがたくさんあるのに、ただ安価だからというだけで、個人的な価値判断においてまで優劣をつけてしまうのは少しもったいない。

 そういえば梶井基次郎の『檸檬』には、同じような感覚が描かれていた。

 『檸檬』の主人公「私」は、得体の知れない憂鬱を抱えながら京都の街を歩いている。かつては好きだった丸善にも、もう心が動かない。丸善と言えば、美術書や舶来の香水、煙管、洒落た文房具が並ぶ、近代的な教養と贅沢を象徴する店だ。以前なら高価な鉛筆一本を買うことさえ楽しめたのに、今ではそこが「重くるしい場所」に見えてしまう。

 ところが、そんな彼の心を動かしたのは、華やかな丸善とは対照的な、薄暗く決して立派とはいえない果物屋に並んでいた一個の檸檬だった。

 鮮やかな黄色。手に伝わる冷たさ。香り。そして、掌に収まるほどよい重さ。

 主人公はその小さな果実を気に入り、やがて再び丸善へ向かう。そして積み上げた画集の上に檸檬をそっと置き、それを爆弾に見立てる。これが爆発して丸善を吹き飛ばしたら、「どんなにおもしろいだろう。」そんな空想を残したまま、店を出ていく。

高価なものや美しいものが溢れているのに、心を奪ったのは代わり映えしなさそうな一個の檸檬だった。
今一度『檸檬』を読み返してみると、世間が価値を認めるものと、自分の心が動くものとは、必ずしも同じでなくていいらしい。

そもそも「アクリル」って?

 アクリルは20世紀に登場した合成繊維だ。主原料はアクリロニトリルという化学物質で、糸にすると柔らかく、嵩高く、ウールに近い質感を作りやすい。1950年代以降、セーターや靴下、毛布などに広く使われるようになった。

 言ってしまえば、かなり優秀な「代用品」である。

 ウールっぽいのにウールではない。カシミヤっぽい風合いを作ることだってできる。だが人工素材。天然素材の話で出てくるような基準は当然ない。

 「この羊毛はどこの地方で採れた」とか、「この山羊からわずかしか取れない」とか、そういった類のものだ。

 その代わり、安価で、軽く、色を出しやすく、乾きも比較的早い。虫に食われにくく、普段着として雑に付き合いやすい。もちろん毛玉ができやすかったり、熱に弱かったりと欠点もある。高級天然繊維の完全な上位互換というわけではない。

 カシミヤ100%というタグを見れば、それだけで「いいニットなんだろうな」と思える。一方で、ACRYLIC 100%と書かれていても、その金銭的価値についてはほとんど何も保証してくれない。むしろ古着屋で裏返したタグにそれを見つけて、少しがっかりする人だっているかもしれない。

 でもそれは、目の前の服が格好いいかどうかとは別の話だ。

高いものを見る目と、好きなものを見る目。

 「立派なものなんて知らなくていい」という話でもない。『檸檬』の主人公だって、文化的なものを知らなかったわけではない。むしろ丸善が好きで、美術書や香水瓶、煙管などを見て楽しんでいた人間だ。

 しかし、立派なものを知っていることと、ものに宿る良さに目を向けられることは別だ。ただ高級なものの名前を覚えるだけでは、知識は価値の序列を増やすだけになってしまう。

 一度フラットに、素材や作り、形を見て考えてみよう。高価であれ安価であれ、それぞれ違った良さを見いだせるようになるはずだ。

 ウールにはウールのよさがある。モヘアにはモヘアの毛足があり、カシミヤにはカシミヤの滑らかさがある。それを知っているからこそ、アクリルを手に取った時には、その違いもわかる。

 その上で、天気や気温、気分、出かける先や相手に応じて身に着けるものを変えられる。それぞれの違いに目を向け、その違いを活かし楽しめる余裕を大事にしたい。

 僕らが格好いいと思う大人は、何も知らないから自由なのではない。

 色々知っている上で、知ることを楽しみ、また知ったことを自分なりに扱える。こだわりはあれども、その中で柔軟に変えられるから堅苦しそうには見えない。だから軽やかでクールなのだ。

 僕らもそんなかっこいい大人になりたい。

80'sのアクリルカーディガン

 そんなことを考えながら、手元にある二着の古いカーディガンを並べてみる。一着は薄い橙色。もう一着は、ずいぶん鮮やかなブルー。どちらも80年代頃のものらしい。肩まわりにはゆとりがあり、袖はたっぷりとしているのに、手首に向かうと長いリブで急に締まる。特徴的なシルエットだ。

 新品だった当時にどれくらいの値段で売られていたのかは知らないし、名門のニットメーカーでもなさそうだ。タグだって剝がれてしまったのか元々付いてなかったのかわからない。調べたところで価値が上がるような情報も大して出てこない。それでも40年ほど経った今、わざわざ古着屋から持ち帰っている。

 考えてみれば妙な話だ。安価に、扱いやすく、ウールのような服を作るために普及した合成繊維が、時間を経て一点ずつ違う古着になっている。大量生産品だったはずなのに、今となっては同じものを探す方が難しい。

 高級性がないことと、面白みがないことは、やはり別らしい。

 薄橙の方も悪くない。秋らしいし、茶色のスラックスなんかと合わせれば綺麗にまとまりそうだ。でも、せっかく『檸檬』を読んだのだから、今日は発色のいい方を手に取りたい気分。

 鮮やかなブルーのカーディガン。

 梶井基次郎が見たのは「レモンエロウ」だったけれど、同じ色を着る必要まではないだろう。『檸檬』から持ち帰りたいのは黄色ではなく、目の前の物に素直に惹かれる感覚なのだから。

『檸檬』が教えてくれたこと

 高い服には、高い理由がある。素材が希少だったり、肌触りがよかったり、職人が時間をかけていたりする。その違いを知るのは面白いし、そこに目を向けられる繊細さも忘れずにいたい。

 その上で、知識が増えたならそれを使って世界を狭くするのではなく、気分や状況と知識を組み合わせて軽やかに遊びたいものだ。

 価格や素材名は、ものを見るための知識ではあっても、自分が好きになるものを決めてもらうための答えではない。一個の檸檬を画集の上に置いただけで、重苦しく思えた丸善が違って見えたように。

 とりあえず今日は、青いアクリルのカーディガンを羽織ることにした。

 さっきまで晴れていたのに、気づけば雨が降り始めている。しかし靴を履き、傘を差せば、木も街も輝くものだ。君はラッキースター。

 さて、散歩に出かけよう。

Product Notes

・アクリル
主にアクリロニトリルを原料とする合成繊維。20世紀半ばから本格的に普及し、ウールに似た嵩高さや保温性を作りやすいことから、セーター、靴下、毛布などに広く使われてきた。軽く、発色がよく、乾きやすく、虫害を受けにくいのが特徴。一方で毛玉ができやすいものや、熱に弱いものもある。天然素材に比べ比較的安価で、カシミヤなどの風合いを模した製品にも用いられる。

・梶井基次郎
1901年生まれの小説家。京都で旧制第三高等学校に学び、のち東京帝国大学英文科へ進むが、結核を患い31歳で死去。短い生涯のなかで、鋭い感覚描写を特徴とする作品を残した。代表作に『檸檬』『城のある町にて』『冬の日』など。

・『檸檬』
1925年、同人誌『青空』創刊号に発表された梶井基次郎の代表作。心を「不吉な塊」に圧迫された主人公が京都の街をさまようなか、一個の檸檬を手にする。色や形、冷たさ、重さに心を動かされ、最後にはそれを爆弾に見立てて丸善の画集の上に置き、店を後にする。

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編集者

Natsuki Hamada
煙草とカルチャーとお家を愛する引き籠りディレクター。

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