Dr. Martens × 坂口安吾『堕落論』

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2026/10/1

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Natsuki Hamada

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Dr. Martens × 坂口安吾『堕落論』

 夕方から古本屋にでも行こうと思っている。そういえば巷では読書が流行り始めているらしい。特に探している本があるわけでもないが、棚を眺めてピンとくるものがあれば一冊買ってみよう。そのあとすることと言えば、近くで一杯だけ飲んで帰るくらいだ。誰かと会う約束もないし、目一杯洒落込むほどの予定でもない。

 しかし夏もようやく終わりかけの今日この頃、どうせなら夏にはできなかった装いを試してみたい。そう思ってクローゼットを眺めていると、黒いDr. Martensが目に入った。夏に履けば足が猛烈に臭くなるが、暑さも落ち着いてきた今日なら久しぶりに履けそうだ。

 マーチンなら、パンクらしく細い黒のパンツだろうか。それとも色の落ちたデニム。ルーツを最後まで遡ってワークパンツを合わせるのも間違いない。どれもよく似合う。

 ルーツを知れば知るほど正解は増えていくが、それでもその正しさの中だけで服を着るには少し窮屈そうだ。

 僕らがかっこいいと思う大人は、音楽も文学も、服も酒も街も知っている。しかしその知識を「ありがたそうに」抱えているばかりではない。必要な時に必要な分だけ取り出して、自分なりに組み替えて、生活のなかで遊ばせている。知的だけど軽やかで、どこか余裕がある。世の中に左右されない、自分なりの「正解」を彼らは持っているのだ。

 思えば坂口安吾は『堕落論』で面白いことを書いていた。

 終戦によって崩れた、戦時中まで人々を支えていた社会規範。それを目の当たりにし、これからは外から与えられた正しさに寄りかかるのではなく、自身に目を向けて自分なりの解釈をしようと説いた。時代も状況も違うし、「堕落」なんて強烈な言葉を使うから誤解しがちだけど、現代人へのメッセージかと思えるような新鮮味を感じる。

坂口安吾

 昔よりスタイルの選択肢が増えている一方で、TikTokやInstagramを開けば「○○core」「このアイテムならこう着る」といった型が高速で共有される。近年のファッションメディアでも、アルゴリズムがスタイルを均質化しているのではないか、という議論はかなり出ている。(Vogue)

 それでも特定のスタイルやトレンドに忠実に着れば、今度は「TikTokで見た格好」「テンプレっぽい」と揶揄される。

正解はたくさん提示される。でも正解通りにやることもまたダサいとされる、そんな世の中。
それなら一度、「正しく着なければならない」というゲームそのものから降りてみよう。

まずは「Dr. martens」を知ろう。

 Dr. Martensほど、「こう履くとかっこいい」という型をいくつも持った靴は珍しい。

 1960年4月1日に英国で生まれた8ホールの「1460」は、もともと郵便配達員や工場労働者たちが履くためのワークブーツだった。それを1960年代後半になるとスキンヘッズが履き、やがてパンク、ゴス、グランジ、ブリットポップと、時代ごとの若者たちが自分たちの靴にしていった。

 働くためのブーツだったものを、誰かが勝手に履き方を変えたみたいだ。そうやってマーチンは、労働者の靴であり、反抗の靴であり、ロックの靴であり、グランジの靴にもなった。歴史を知るほど、Dr. Martensに合うスタイルも見えてくる。

 黒いパンツならパンク。色褪せたデニムならグランジ。無骨なパンツならワーク。

 そうやって文脈を追っていくのは楽しい。それに型を知れば自然とおしゃれになっていくものだ。でもその型を守り続けるのは、自然じゃないし軽やかには思えない。

 Dr. Martens自体、型を破られ続けてきたからこそ、多様な文脈で語れる名作となった。労働者のための靴をスキンヘッズが自分たちのものにし、そこからまた別の若者たちが、自分たちなりの意味で履いた。

 誰かが決めた正解を忠実に守ったから、現在のマーチンがあるわけではない。ならば僕らも、歴史を知ったその先で、自分なりに履いてみよう。

さて、どう履きこなそう。

 せっかく夏の暑さも落ち着いてきた頃だ。暑すぎる夏にはできなかった少しシック目なスタイルにもっていきたい。どうせDr. Martensを履くんだから、それが持つ無骨でラフな感じと、革靴という性質からくるシックさとを掛け合わせる方向で。どうせ一人で軽く出かけるだけだし、髪の毛をセットするのも面倒だ。キャップも被ってしまおう。

Barbourのブルーのコットンキャップ

 本革のMade in EnglandのDr. Martensに、同じくイギリスのブランドBarbourのブルーのコットンキャップ。スラックスと言えばウールといきたいところだが、ラフさを拾うためにBeamsのポリエステルのものを選ぼう。トップスもウールではなく、網目の粗いのコットンニットを選ぶ。

Beamsのスラックス、90's OAKTONのニットセーター、Barbourのコットンキャップ、Dr. Martensのコーデ写真

 シックだがラフ。ブリティッシュライクだがやり過ぎない。ちょうどいいバランスだ。

 紐を結んで外に出ると、夏が終わったことを改めて実感する。夏になれば必ず聴きたいTempalayの『そなちね』を聴いたから、心残りはないはずだ。しかし、夏とも秋とも呼べない季節感と慣れない涼しさが、なんとなく気分を不安にさせる。そんな時でも、足元のDr.Martensの重量感があれば安心だ。

 安吾の言う「堕落」は、ただ好き勝手に生きることではない。正しさに寄りかかるのをやめて、自分自身まで降りていくこと。正しく着ることより、自分の気分や生活に合うかどうかが大事らしい。どうやらDr.Martensを選んで「正解」だったようだ。

古本屋にはちょうど『堕落論』が置いてあった。一度読んでそのあと売ってしまったし、まあ青空文庫にもあるけど、せっかくだし手元に置いておこう。

『堕落論』が教えてくれたこと

 知識を持てば、正解が増える。しかし正解に囚われるのではなく、必要な時に必要な分だけ取り出し、自分の生活に合う形にユーモラスに組み合わせたい。

 ファッションだけでなく、音楽、家具、身の回りのことすべてに言えることだ。

 あらゆるものを知る。そして、知識に縛られるのではなく、それを軽やかに使って遊ぶ。僕らの思う格好いい大人はそんな余裕を持った人たちだ。

バーに入ったら帽子を取るのを忘れずに。
一杯だけ飲み終えたら、さっと店を出よう。

Product Notes

・Dr. Martens
1945年、ドイツ人医師クラウス・マルテンスが開発したエアクッションソールを起源とするフットウェアブランド。1960年に英国で「1460」8ホールブーツが発売され、当初は郵便局員や工場労働者などのワークブーツとして普及した。その後、スキンヘッズ、パンクス、ミュージシャンなどさまざまなユースカルチャーに取り入れられ、反骨や自己表現を象徴する存在へ。現在では、そうした背景を持ちながら世界中で履かれる定番のブーツとなっている。ちなみにカート・コバーンは履いたことないらしい。

・坂口安吾
1906年、新潟県生まれの小説家・評論家。戦前から活動し、戦後には既成の道徳や価値観を鋭く問い直す作品を発表した。太宰治や織田作之助らとともに「無頼派」と呼ばれることもある。代表作に『堕落論』『白痴』『桜の森の満開の下』など。社会が掲げる理想や建前ではなく、矛盾や弱さを抱えた人間そのものを見つめようとした作家。

・『堕落論』
1946年に発表された坂口安吾の代表的な評論。敗戦によって、それまで絶対的だと考えられていた国家や道徳の価値観が崩れていくなか、人間はきれいな理想像を演じ続けるのではなく、一度「堕ちる」ことで自分自身の現実に立ち返るべきだと論じた。ここでいう「堕落」は、単なる退廃や自暴自棄を意味しない。社会から与えられた正しさや形式をいったん疑い、弱さや欲望を含めた生身の人間から再び生き方を考えること。それが安吾のいう「堕落」の一つの核心である。

Editor

編集者

Natsuki Hamada
煙草とカルチャーとお家を愛する引き籠りディレクター。

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