村上春樹が教えてくれたクラシック音楽

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2026/9/3

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Natsuki Hamada

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村上春樹が教えてくれたクラシック音楽

 クラシック音楽って、なんとなく格好いい。

 休日の昼、コーヒーを淹れながらバッハを流す。レコード棚にはロックやジャズに混じってシューベルト。そしてこの時代にクラシックを聴いているわけだから、クローゼットには当然、80sブルックス・ブラザースのツイードジャケットが一張羅として鎮座しているに違いない。

 とはいえ、いざ自分で聴こうとすると、何から選べばいいのかさっぱり。

 ベートーヴェン、モーツァルト、バッハ。名前だけなら知ってるし、有名どころを聴けば知ってる曲もちらほら。でも、最後にちゃんとクラシックを聴いた記憶を辿ると、中学校の音楽室だったりする。

 交響曲、協奏曲、ソナタ。「第何番」とかよくわからないし、「ヘ長調」とか「ト長調」とかもイメージがつかない。何より曲名が長すぎる。

 そこで、音楽そのものから入るのではなく、好きな小説から一曲借りてみるという選曲方法をおすすめしたい。

村上春樹の小説には、クラシックがよく流れている。

 『1Q84』の冒頭。

 青豆はクラウン・ロイヤルサルーンのタクシーに乗って、首都高速の渋滞にはまっている。その車内で流れているのが、ヤナーチェクの《シンフォニエッタ》。少し変わったタクシー運転手。動かない首都高。妙に静かな車内。そこに、金管楽器の合奏が鳴り始める。

 小説を読み終えてからでも、登場したタイミングでSpotifyを開いて曲を流してみるでも、聴き方は自由。大事なのは、小説で描かれる情景に思いを馳せながら曲を流してみること。そうすれば、やけにとっつきにくかったクラシック音楽が、急に手元に降りてきた感覚がわいてくる。

 そのあとは作曲家の生涯や、曲の構成を調べてみてもいい。音楽をかけながら小説を読み進めてもいい。でもなによりまずは、クラシックが身近に感じるこの感覚を味わってみよう。

まずは、この3曲から。

ヤナーチェク《シンフォニエッタ》
『1Q84』

 『1Q84』を開いてすぐ、首都高の渋滞に捕まったクラウン・ロイヤルサルーンの車内で流れている曲。

 再生してみると、いわゆる「優雅なクラシック」とはちょっと違う。冒頭から金管楽器が堂々と鳴り響いて、何かが始まることを大げさなくらいに知らせてくる。ファンファーレという言葉がそのまま似合う音だ。

 一方、小説の青豆は渋滞の中で身動きが取れない。クラウンの静かな車内と、外へ向かって大きく開いていくような《シンフォニエッタ》。この組み合わせが心地がいいような悪いような。ただ青豆がいる世界を想像すれば、その空気感と先の展開にわくわくするのは間違いない。

 そして青豆はこのあと、タクシーを降りて非常階段から首都高速を抜け出し、少しずつそれまでとは違う世界へ入っていく。

 そう考えると、冒頭で鳴るこの派手なファンファーレは、これから始まる奇妙な物語への入場曲にも聞こえてくる。

 まずは小説の最初の数ページを読みながら流してみよう。クラシックを「鑑賞する」というより、映画に自分でサウンドトラックをつける感覚に近い。

リスト《巡礼の年》より「ル・マル・デュ・ペイ」
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

 こちらは反対に、かなり静かなピアノ曲。

 「ル・マル・デュ・ペイ」という言葉には、故郷や失われた場所に対する憧れや痛みのような意味がある。

 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、高校時代に親しかった友人たちから突然絶縁され、その理由を知らないまま大人になった「つくる」が、過去を辿り直していく話。

 そんな物語の中でこの曲を聴くと、ただ静かなピアノ曲を聴くのとは少し違ってくる。

 冒頭から派手なメロディーが待っているわけではない。静かな音が続いて、少し盛り上がったと思ったら、また遠ざかっていく。何かを思い出そうとしているときの頭の中みたいだ。

 タイトルまで含めて一つの小説の小道具になっているのも面白いところ。《巡礼の年》という曲集を聴きながら、「巡礼の年」という言葉をタイトルに持つ小説を読む。

 クラシックに限らずだが、こういうつながりを一本見つけると、物語も一段と面白くなる。

シューベルト《ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 作品100, D 929
『ダンス・ダンス・ダンス』

 ピアノ、ヴァイオリン、チェロ。たった三つの楽器で、ドラマチックな旋律が奏でられている。

 『ダンス・ダンス・ダンス』は、1980年代の東京を生きる30代の「僕」が、仕事や人間関係を淡々とこなしながら、現実の継ぎ目から少しずつ奇妙な世界に入り込んでいく話。

 「僕」が、かつて滞在した札幌の「ドルフィン・ホテル」へ戻るところから始まる。そこには以前、キキという女性と一緒に泊まっていた。でもキキはいつの間にか姿を消していて、ホテルそのものも、昔の面影がほとんどない巨大で立派なホテルに建て替えられている。

 そこから「僕」は、失踪したキキの気配を追いながら、旧友で人気俳優になった五反田君や、13歳の少女ユキ、その母親で写真家のアメなど、少し変わった人たちと関わっていく。

 現実的な80年代の消費社会と、説明不能な異世界が重なった世界で、社会との接続性が希薄な「僕」。そんな彼にシューベルトはよく似合う。

 「僕」は春の夜に聴くのが好きらしいけど、せっかくならしんみりするより軽やかに楽しみたい。そんな僕らは休日の昼間とかに聴いてみるのがいいかもしれない。

まずは一冊買ってみる

 出かけた帰りに近くのブックオフにでも寄って、一冊100円でたたき売られている古本の中から、気になるタイトルを選んで買って帰る。曲名が出てきたら音楽を流してみる。

 慣れて来たら、別作品の特定シーンに当てはめて、こんな感じで流れてくるかもなみたいに想像してみるのも面白い。ドラクエとかFFとか好きだったら、結構やりやすそうだ。

 ブルックス・ブラザースのツイードジャケットを着たあの人も、クラシックの入り方は意外とこんな感じだったのかもしれない。

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Natsuki Hamada
煙草とカルチャーとお家を愛する引き籠りディレクター。

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