高い金を払って名作家具を買う理由 -建築家 白井晟一がくれたヒント-
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憧れの文化人から異才を放つアーティスト、自分の両親まで、世の中にはかっこいい大人がたくさんいる。彼らは自分の知らないことを知っていて、ユーモアにあふれ、軽やかに生きている。じゃあ、どうやったらかっこいい大人に少しでも近づけるんだろう。
一度は目にしたことがある名作椅子、似たようなデザインが大量に出ているペンダントライト。世の中には"名作"と呼ばれるものが数多くある。一度は購入を検討し、そして自分の身の丈や口座残高の侘しさから購入をあきらめた経験があるだろう。リプロダクトとか他社メーカーの現行品を買えば安いけど、当時物、オリジナルはなんせ高いからね。
それでも名作を買う理由、意義があるとすれば、それはどういったものなのだろうか。
承認欲求は満たせるだろう。インスタのストーリーに挙げれば、適当に撮っても様になる。また置いておく、身に着けるなどするだけで、なんとなく気分も上がることも間違いない。
しかしそれ以上の価値があるはず。そしてそれを知るには、こちら側から歩み寄らねばならない。当然、"名作"にだってプライドがある。お前が来いと言っているのだ。
その価値について、戦後から80年代まで活躍した建築家である白井晟一がヒントをくれていた。

前述の通り、白井晟一は戦後から高度経済成長期に活躍した建築家。建築界のみならず日本全体が機能や合理性を重視していたなかで、哲学や素材、人間の精神みたいなものを持ち込みながら、かなり独特な建築を手がけた人だ。ドイツでは哲学を学んでいて、建築だけでなく書や装丁もやっていた。
そんな彼が手掛けた建築の中に、長崎県佐世保市に建てられた旧親和銀行本店がある。モダニズムを感じさせるスタイリッシュな建築と、ドラクエ中盤の村にありそうな石造りの塔が一体となって建っている。
現在は金属板で覆われた正面外観も、竣工当時は白い大理石が見えていたという。これらが建てられたのは60~70年代のこと。先の戦争が終わり、海軍の撤退などで街の産業は衰退、漁業に力を入れ再起を図っていた時代だ。そんなときにこれだけの建物が急に表れる。周囲に静かに馴染むというより、「なんかすごいのができたぞ」みたいな印象だったのかもしれない。
なにより白井自身も、この異質な建物が街の人にすぐ馴染むことを望んでいなかったらしい。
「ムリして自動車など買うくせに、ひどい家具で満足しているような日本人の生活が、このままでいいとは思えない。最高のものをあたえ、知らせれば、人間の中身まで変わってくるんだ。」
(針生一郎「白井晟一論観念の骨格と情念の深淵と親和銀行本店を中心に」『SD』56号、1969年7月)
街に合わせて建築をつくるというより、先にものすごくいい建築を置いてしまう。それによって人間の方が、後からそこへ追いついてくるという考えを白井はもっていた。
もちろんこれは、高度経済成長期におけるイケイケドンドンな雰囲気の中で考えられていたことであり、そのまま現代に持ち込もうとするのは難しいかもしれない。
しかし、ここにかっこいい大人になるためのヒントがあるように思える。

人に合わせて街を作るのではなく、街に人が合っていく。これを個人に当てはめてみよう。つまり、身の丈に合わないかもしれないし、その歴史性、デザイン性、利便性を完全に理解することもできないが、なんか惹かれるものを傍に置いてみるのだ。
1958年にデンマークで発売されて以来、世界中で愛されるルイスポールセンの「PH5」。バウハウスデザインの傑作のひとつである「ワシリーチェア」。好みや財布事情と照らし合わせて好きなものを買うといい。
買う前に部屋を見渡す。今の部屋にはちょっと立派すぎるかもしれない。なんせ左右上下には、何も考えずにとりあえず買ったニトリ製品だ。服だって脱ぎ散らかってるし、机の上には昨日の夜食べたペヤングが置いてある。
しかしいざ買って毎日使っているうちに、今まで気にしてこなかったようなことが気になり出すはず。色や形、素材等、どうせ高いものを買ったのだから色々見てみたくなるものだ。
そして適当に写真を撮って、Googleで画像検索する。すると、その家具は自分が思っている10倍は奥が深いことを知る。Wikipediaはどれだけスライドしても底にたどり着かない。
家具を一つ買っただけなのに、気づけばバウハウスのデザイナーから、プラスチックで作られた初めての椅子、少し専門的な素材の知識まで、様々な知識を吸収している。なんだか心も軽やかになっている感覚がある。
かっこいい大人は、教養があるが見せびらかすことはせず、なんだか余裕があって軽やだ。
細部の工夫を見逃さない抜かりなさ、知識と経験、感覚をもとに全体を見通す力、そして物を慈しむ余裕。君は知識と同時に、これらも心得ているはずだ。"名作"は君に、人生を通して大事にしたい価値観を提供してくれる可能性がある。
そしてその可能性を、白井晟一は教えてくれた。

Product Notes

・『白井晟一 入門』
渋谷区立松濤美術館監修。同美術館が開催した、「白井晟一 入門」展の公式図録として刊行された本。彼の生涯を、手がけた建築と、その裏側にあった哲学の紹介を中心に書かれている。
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