







岸山さん
新書御三家の岩波新書と中公新書に、角川新書を加えていただいていいのかなと思いながら今日は来ました(笑)。

黒田さん
とんでもない。ご担当の、藻谷浩介『里山資本主義』が新書大賞(主催・中央公論新社)を受賞なさるなど、ご活躍ですよね。

中山さん
角川新書に変わって、何年目ですか。

岸山さん
二〇一五年からだから十年ですね。KADOKAWAに九社統合が行われた際、角川oneテーマ21を軸に、角川SSC新書、メディアファクトリー新書、アスキー新書を統合し、角川新書に改めました。
そもそも角川oneテーマ21は、第三次新書ブームの流れで一九九九年に創刊しています。同時期に集英社新書や平凡社新書も創刊しています。団塊世代が定年前で、通勤電車で本を読む文化が残っていた、まだ新書が売れていた時期です。当時は刊行までの準備期間がほとんどなかったそうです。それゆえ、語り下ろしや実用系が多かったのでしょう。困った時の野村監督、困った時の齋藤孝さんというような。

中山さん
それぞれの新書に定番著者がいましたね。

岸山さん
養老孟子『バカの壁』や藤原正彦『国家の品格』(共に新潮新書)の影響で、各社、新書レーベルに一獲千金を夢見る時代がありましたが、今は昔ですね。
現在の各新書の傾向として感じているのは、教養系への原点回帰です。
うちは新書編集の専従はいません。そのため、質をこれまで以上に上げるのに量も追っては愚策なので、毎月の刊行点数は前よりも減らしました。
刊行点数を減らし、実用系から教養系へ、表層的なノウハウではなく、得るものがよりある、しっかりした新書を作る方向へ向かっています。

黒田さん
第三次新書ブームは、本が売れなくなってきた二〇〇〇年前後に、とにかく安価で買い求められやすい上、定期的に刊行して書店の棚も確保できるからと、各社が参入したわけですよね。でも今や、新書さえも売れない時代になっている。書店の数が減り、初版部数も抑えねばならない状況にある。そういう中だからこそ、できるだけ質の高いものを出していこうというお考えには共感いたします。中公新書もその方針です。

中山さん
わかります。ありがたいことに青版の時代から長年、新書を読み続けてきた方たちの中には「岩波新書、斯くあるべし」というイメージがあると思うんです。そうした感覚は今後も大事にしたいですし、一方で新しい読者に届くものにもしたい。現状は、その間で試行錯誤を続けているところです。

岸山さん
教養回帰とは言え、角川新書はそれまで実用系やビジネス系の新書が多かったので、急に企画を出せと言っても難しい。きちんと作ろうと思えば時間もかかりますしね。そこで復刊も定期的に行うようになりました。過去の名作や単行本を文庫化ならぬ新書化する、これがちゃんと売れています。十年も経つと読者の入れ替わりは起きる訳で、そもそも作品の存在を知らない人が多い。名著は時代を越えて名著だということを改めて知りました。


黒田さん
新書の読者層は中高年に支えられています。二〇二三年刊行でベストセラーになった篠田謙一『人類の起源』(中公新書)の購読者を分析すると、五〇~六〇代が最も多く、九〇代までデータにあがってきました。そこで『図解版 人類の起源』という、「ビジネス教養」を掲げた単行本を出して若い読者に届けるべく試行錯誤をしています。
中山さんは先日、慶應と早稲田の大学図書館で学生相手にトークイベントに参加しましたよね。若い世代の開拓は、各社心がけているとは思いますが……。

中山さん
若い人たちはそもそも新書を知らないんですよね。ネット書店で購入したり、電子書籍で読む時に、判型などは意識にのぼりにくい。新書の認知度は年々下がっていると感じています。
先日、丸善・丸の内本店の「BOOKCON」というイベントで店頭に立つ経験をしました。訪れたお客さんも若い方たちの多くは新書を知らなかった。ただ本を読んでいないかというとそうではなく、ある人は仕事に必要であれば高額な法律の専門書なども購入していると言っていました。自分の関心領域には必要に応じて投資するし、時間をかけて勉強もするけれど、新書を活用して幅広い知識を得るような学び方をしていない、ということなんです。
かつては大学生を中心に、比較的安価で買いやすい新書から入門的な知識を賄い、そこから興味をもったテーマを掘り下げていくというルートがありました。情報の流れが変わったこと自体を一概に悪い変化だとは思いませんが、新書の位置づけが変わらざるを得ないという側面はあります。

岸山さん
以前は、新書を入口に、巻末の参考文献から参照率が高い本を手に取って……という具合に、独学で学びの見取り図を手に入れていましたよね。新書の前段階には、ブックレットやジュニア新書があって、順を追って学んでいくことができていた。新書は中高生から読むものでしたが、高校でも存在を教えられなくなっているのか。オンライン上では情報が並列になるので、系譜を辿りづらくなるわけですよね。

黒田さん
「参考書ルート」という言葉をご存知ですか? 受験参考書の歴史を検証する本を中公新書ラクレで作っている最中ですが、参考書の選定から順番まで志望校合格への最短ルートを、合格者体験記や予備校が伝授しています。同じように何かを学びたいと思う時に、新書から単行本、より専門性の高い研究書へというルートがあっていい。作り手側からもっと発信していく必要があるのかもしれません。

中山さん
実際、学び方へのニーズは高まっていると思うんです。岩波新書でも二〇〇八年刊行の白井恭弘『外国語学習の科学 第二言語習得論とは何か』が、最近SNSから火が付き売れています。今年の新刊だと、渡邉雅子『論理的思考とは何か』や今井むつみ『学力喪失 認知科学による回復への道筋』がよく読まれています。学び方を教えるものや、学びとは何かを問うものに関心が集まっている。具体的に何かを学ぶこと以前に、いかに効率的にあるいはよりよく学べるのかを、読者は知りたがっていると思うんです。

岸山さん
今井むつみさんは『英語独習法』(岩波新書)も『言語の本質』(秋田喜美との共著、中公新書)も話題になりましたよね。

中山さん
コロナ禍で家に籠っていた時期に学習意欲を搔き立てられたことで独学への関心が一気に高まったのだと思いますが、それが今も続いていますよね。

黒田さん
『論理的思考とは何か』や『言語の本質』は、YouTube番組「ゆる言語学ラジオ」から火がつきましたよね。書店員に目利きがいると同様に、ウェブ媒体の中にも目利きが増えて、読者に推薦してくれるようになっている。それはうれしい変化です。


黒田さん
今年の新書のベストヒットは三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)ですが、三宅さんというインフルエンサーである書評家の本が売れたことは象徴的です。教養新書の名著を何冊も引き合いに出していますから、ブックガイドにもなる。

中山さん
確かに書籍の目利きの共同体が、SNSやYouTubeなど、これまでとは違うかたちで出来上がりつつある気がします。それが閉じられたコミュニティで終わってしまわないように、我々が新しい読者をいかに発掘し活性化できるのか問われていますね。新書はほかの書籍の先頭に立って、読者コミュニティの入口になるべき媒体だと考えています。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』には、私が担当した福間良明さんの『「勤労青年」の教養文化史』(岩波新書)も参考文献として掲載されており、こういうふうに紹介すれば興味をもってもらえるのかと勉強になりました。目利きというのは時として、「これを読め」「これも読んでいないのか」と、上から目線になってしまいがちですが、三宅さんは素朴な疑問に答えるという体で論を進めつつ本を紹介しています。だからこそ、新書を読み慣れていない若い世代にもリーチできたのでしょう。

岸山さん
新書ブームの頃は羊頭狗肉と言われてもおかしくない、内容のうすい本も各社ありました。その時代を経て、今も定期的に新書コーナーに立ち寄ってくださる読者も、目利きだと思っています。特にまだ名の通っていない新人の本を、略歴を見て、この分野を書くにふさわしい人なのかチェックして、ファースト読者になってくれている。そうしたコアな読者からのニーズとして、新書の教養回帰が起こっていると思うんです。

黒田さん
中公新書は目の肥えた歴史マニアに支えられており、この分野は発売直後の初速がとても速い。コアな読者の眼鏡にかなうかどうか、緊張感があります。
他方、新書といえば各分野の入門書も定番です。松沢裕作『歴史学はこう考える』、石岡丈昇『エスノグラフィ入門』(共にちくま新書)は、学生が最初の一冊として読んで、学問を始める入口となるような、新書らしい新書です。こうした新書は、未来のコアな読者層開拓にも繫がりそうです。

岸山さん
「全集の筑摩」の系譜がいまだに生きているのか、『世界哲学史』をはじめ、ちくま新書からはシリーズも結構出ていますよね。新書ではシリーズは企画しにくいのですが、それをきっちり作っているのは、ちくま新書の特色だと思います。


中山さん
二〇二四年は、前年から引き続きガザやウクライナでの戦争が大きな話題でしたが、関連したテーマの新書がたくさん出たかというと、そこまでではないですよね。何か大きな出来事が起こった時に、それについての人々の関心がいつまで続くのか。どう応答すべきなのか。その辺りの見極めが難しく、いつも悩むところです。岩波新書には、日高六郎編『1960年5月19日』のような緊急出版の伝統があるのですが、これには編集部に相当なエネルギーが必要です。

岸山さん
関心を見極めずに、とりあえず作っておくという手はありますよね。3・11の時には、吉村昭の『三陸海岸大津波』(文春文庫)が、その後に非常によく売れました。これは、もとは中公新書の『海の壁 三陸沿岸大津波』ですよね。岩波新書では河田惠昭『津波災害 減災社会を築く』が3・11より少し前に出ていた。3・11の起こった後、各社から原発関連や地震・津波関連の新書が出ましたが、結局大きく売れたのは、3・11が起きる前に刊行されていたものだった。

黒田さん
出版物が先にあって、出来事や事件が後から追いついてくることはありますよね。たとえばベストセラー『言語の本質』が企画された背景には、AIをめぐって大規模言語モデルが注目を集める中、人間とは何か、言語とは何かという関心の高まりがありました。常々もくもくと新書という畑を耕しているのですが、ちょうど芽が出た時に生成AIのような日が照っていた。そういうことが起こるのは、新書を作る醍醐味です。

岸山さん
ホットなニュースは、新聞や雑誌に加えてネット上に膨大にあるので、書籍に求められるのは、ニュース以前の歴史や経緯を整理して、基本事項や概念をまとめて教えるようなものなのではないかと思います。結局、起きた出来事に慌ててあわせてもニーズに応えるものにはならない。もくもくとストックになるようなものを作っておく。外れても良いので、できるだけ仮説を作り、予測を立てながら。

中山さん
慌てて時流に併せようと企画した本よりも、時間をかけて練られた著者の思考がたまたま時代の動きと嚙みあった時にこそ、多くの人に手に取ってもらえ、かつ古びることのない新書が生まれてくる気がします。新書のロングセラーには実は時事的なことも結構書かれてはいるのですが、それだけではない普遍的な知があるからこそ、求められ続けるのでしょう。

黒田さん
ロングセラーの底力ですね。これも自社の本で恐縮ですが、岡崎久彦『戦略的思考とは何か』(一九八三年、中公新書)は、駐タイ大使が書いた米ソ冷戦下の話です。それを「いつやるの? 今でしょ!」の林修先生が大絶賛したことで、注目を集めた。冷戦時代の書物であっても、今に通じる学びがあり、ビジネスパーソンにとって有益な本だと。
新書の棚に行けば、本質を摑みとったロングセラーがいくつもあることを、広く伝えたいです。

中山さん
書店の新書の棚に行けば、各社の新刊からロングセラーまで、幅広いジャンルにわたり揃っている。そこに行けば読みたいものが何かしら見つかる。そういう環境に、新書というジャンルは支えられてきました。書店が減り、売り場面積も小さくなっていく中、新書棚という空間が今後どのように維持できるのか、あるいは再構築できるのか。重大な問題だと思っています。


中山さん
岩波新書は一九三八年創刊ですから新書の世界では最高齢ですが、創刊二年目のハヤカワ新書から、今年はこれ!というような一冊が出ました。廣田龍平『ネット怪談の民俗学』です。フェイクニュースが蔓延する時代の中でも、新書は確固たる教養を示していかなければならないと思っているのですが、教養の輪郭はかつてとは変わっていますよね。この本は、昨今のホラーブームを民俗学から扱ったもので、現在の教養新書はこうあるべきという一つの成功例ではないかと。正直、やられた!と思いました。

黒田さん
SNSとホラーという現代の読者の関心を、民俗学という切り口で教養へと橋渡ししていますね。

岸山さん
やはり教養回帰は様々なジャンルで起きていますよね。「老い」や「人間とは何か」は定番で売れるテーマですが、飯島裕一『老化と寿命の謎』(講談社現代新書)は、単なる最新研究の紹介にとどまらない科学読物になっています。

中山さん
岩尾俊兵『世界は経営でできている』や今井悠介『体験格差』など、講談社現代新書はヒット作を連発しています。どちらもタイトル付けがうまく、『現代ビジネス』を活用した読者への届け方も巧みです。

黒田さん
講談社ブルーバックスがYouTubeにブルーバックスチャンネルを作るなど、講談社全般に新しい読者と繫がろうとする勢いがありますね。

中山さん
横田増生『潜入取材、全手法 調査、記録、ファクトチェック、執筆に訴訟対策まで』 (角川新書)、これはすごかった。一目で岸山さん担当だとわかりました(笑)。
横田さんと言えばこれまでに、ユニクロ、アマゾン、宅配便業界、トランプ信者と、様々に潜入取材をしたノンフィクションが刊行されていますが、その取材の裏側をここまで書くのかと。学びたい、ノウハウを知りたいというニーズも満たしていますよね。何かを知ることの難しさと、だからこそ得られる成果と、それを横田さんの圧倒的な筆力で非常に面白く読むことができる。実用的でありながら、教養そのものと言えます。つまり、教養新書であり且つ実用新書という、一つの可能性を見せてくれた一冊だと感じました。

岸山さん
僕がお願いしたのは、ライター向けに限定せず、潜入取材の手法がセクハラ、パワハラ対策、ブラック企業対策にも使えることを明示してくださいということでした。単純にアングラルポルタージュの一種として、怖いもの見たさで手に取ってくれる人もいると思いますが。

黒田さん
横田さんは以前、岩波新書で『中学受験』を書いています。中学受験を題材にした新書も少なくありませんが、ハウツーが多い中で、横田さんは真っ向から中学受験を批判的に検証しています。気骨のある著者です。

岸山さん
中公新書の田原史起『中国農村の現在 「14億分の10億」のリアル』もとても面白かった。今となっては習近平政権の中ではとてもできない農村研究です。一九九〇年代末からフィールドワークを重ねている。それができていた当時でも妨害があったり、うまくいかなかった裏話もたくさん書かれていて、「フィールドノート全公開」といった面白さと学びがありました。
自社本でこれは時流と合ったと感じたのは、若宮總『イランの地下世界』(角川新書)です。高野秀之さんからご紹介いただいて、著者にお会いした時には、まさかイランに関する報道量と関心が日本でこれほど高まるとは想像していませんでした。
島田周平『物語 ナイジェリアの歴史』(中公新書)が出た時は、とても注目しました。インドネシアの次に経済成長が上がってきているとニュースにもなっていたので、とうとうアフリカ本が売れる時代がきたのかと。ただ、ほかの「物語」シリーズに比べると、初速はそこまで伸びなかったみたいですね。

黒田さん
将来の人口大国として注目されていますが、『物語 ナイジェリアの歴史』が出たのは二〇一九年。少し早すぎたでしょうか。アフリカといえば今年、河野哲也『アフリカ哲学全史』がちくま新書から出て、これはいいチャレンジでした。近代から続いてきた西欧中心の思考を相対化するような、新しい視点が提示されています。

岸山さん
潮流の変化は起こりつつあるのかもしれませんね。中公の選書ですが、湊一樹『「モディ化」するインド』は、ストレートなタイトルで売れたことに注目しました。インドのIT人材がすごいとか、経済成長がすごいと言われて、そろそろ取り上げる時期なのではと思いつつ、やはり中国本とアメリカ本は売れるのに、インド本は売れない時代が続いていた。角川新書でも二〇二〇年には、佐藤大介『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』と、メインタイトルからは「インド」という言葉を外して、搦め手でいきました。それが二〇二三年末から二〇二四年、ストレートなインド本が売れるようになってきた。

中山さん
確かにこのところ各社からインド本が出ていますよね。中でも中公新書からは二〇二三年、近藤正規『インド――グローバル・サウスの超大国』が、二〇二四年一月に鈴木真弥『カーストとは何か インド「不可触民」の実像』が出ました。それらは機に乗じて出したというようなものでなく、書くべき人に堂々と書かせたという新書で、そこに中公新書の強みが生きていると感じます。

黒田さん
ありがとうございます。『インド』は今年の樫山純三賞を受賞しましたが、受賞者挨拶では、インドの悠久の時間のように十年越しで書きあがったと話しておられました。それが、二〇二五年にはインドが日本のGDPを抜く見込みであるとか、世界一の人口大国になったとか、日米のインド太平洋戦略とか、注目が高まっている中で刊行できたのは、先ほどの『言語の本質』に通じます。
弊社のインド本刊行ラッシュは、挙げてくださったほかに伊藤融『インドの正体』(二〇二三年、中公新書ラクレ)もあります。文春新書からは、笠井亮平『『RRR』で知るインド近現代史』、二〇二三年には同著者の『インドの食卓』(ハヤカワ新書)、それから広瀬公巳『底知れないインド』(マイナビ新書)など、様々な切り口の本があります。

中山さん
教養は無色透明なものではなくて、その根底には社会に対峙する著者の姿勢があると思っています。そうでなければ、膨大な学問的蓄積を、新書のコンパクトな分量にまとめることなどなかなかできません。また、通読させるような面白さが必要なので、教科書的な記述ばかりになってしまってもつまらない。新書は一般的に刷り部数が多く、人目に多く触れる媒体ですから、絶賛される本であれ同時に反発を受ける可能性がある。でも、それこそが新書の魅力でもあります。

岸山さん
市場が縮小すると、著者が既に抱えてくれているファンをアテにして企画を立ててしまいやすいものですが、新書はテーマで攻めることができる。新しい書き手を送り出しやすいのが面白いと思います。まだ世間では無名でもその道の専門家で、信用できる著者だと略歴でわかれば、手に取ってもらえます。企画検討時に、著者名よりもテーマを重視する傾向がありますよね。

中山さん
新書という統一のフォーマットがあるからこそ、著者の知名度に寄りかからず、テーマで押し出せるわけですよね。

岸山さん
そこからこの書き手は面白いとなれば、作家として認識してもらえる。

中山さん
しかも定型ではあれどもレーベルごとに個性が違うことで、様々なケミストリーが起きる。同じ著者が書いても、違うレーベルだと違った新書になるところも面白い。


黒田さん
レーベルの個性は本当に様々ですよね。私は集英社新書が気になっていて、多様性などの理念を掲げている印象を受けます。今年は、たとえば勅使川原真衣『働くということ 「能力主義」を超えて』とか。
集英社インターナショナルの小林祐児『罰ゲーム化する管理職』は自分事のテーマを科学的に解明する好著で、中間管理職として食いつきました(笑)。

岸山さん
集英社新書は、単行本でもよさそうなルポも一ジャンルとして、結構続けて出していますよね。
集英社インターでは森元斎『死なないための暴力論』は、ロジャヴァ革命をろくに知らなかったので知的刺激をたらふく受けました。

中山さん
点数の話がありましたが、ちくま新書はすごい。新しい著者を発掘するフットワークの軽さも昔から変わらない。

岸山さん
ちくま新書、光文社新書は、毎月よく出し続けていると思う。

黒田さん
実は、私は光文社新書に一時期在籍したのですが、この編集部の勤勉さは見事です。カッパブックス以来の「創作出版」という伝統が根付いており、作品を徹底的に練り上げる。ミリオンセラーになった山田真哉『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』は教養新書の枠組みでは軽んじられがちですが、推敲の努力に裏打ちされた作品なのです。また、若い著者の発掘も光文社流で、今年は杉谷和哉『日本の政策はなぜ機能しないのか?』が白眉でした。

中山さん
版元の個性は新書のラインナップに表れますね。岩波であれば『思想』や『世界』『図書』との連携も、今後ますます大事になります。

岸山さん
文春新書は『週刊文春』や『文藝春秋』とうまく結びついて、雑誌ジャーナリズムの先で作っている企画が多い気がしますしね。安田峰俊『戦狼中国の対日工作』は実に秀逸でした。

中山さん
ただ、雑誌自体も紙からウェブメディアへの移行という波が来ており、今は過渡期と言えます。

黒田さん
ネット社会の今、新書はじっくりと腰を据えた企画に取り組むべきでしょう。その意味で「~とは何か」という、読者への問いに答えることが、新書の大きな役割です。岩波新書はそれに真っ向から勝負できる強さをお持ちですよね。E・H・カー『歴史とは何か』(岩波新書 青版)の時代からその役割は引き継がれ、先ほども出ましたが『論理的思考とは何か』は、非常に学びになりました。

岸山さん
アメリカ、フランス、イラン、日本の学校作文の型から、論理的思考を問うというところが面白いですよね。論理が文化によってこれほど違うということが、明瞭に書かれている。

黒田さん
欧米だけでなくイランを加えて多角的に比較検証している点が興味深い。日本人には根深い論理コンプレックスがあるように思われますし、今日も自分は論理的に話せているか気になって仕方ありませんが(笑)、欧米流の言語技術ばかりでいいのか、という気づきをもらいました。

岸山さん
これが欧米だけだったなら、推測の範囲の売れゆきにとどまったのではないでしょうか。できる人がそういない取り組みなので、注目されて当然です。

中山さん
ご指摘の通り本書の魅力は、誰もが抱える実践的な疑問に対して、多くのビジネス書とは全く異なる見方を提示してくれるところです。その意味で、この本も実用新書であり教養新書と言えそうですし、それがヒットの理由だと感じますね。
社会に共有されたモヤモヤとした疑問に正面から切り込んだ一冊といえば、南川文里『アファーマティブ・アクション 平等への切り札か、逆差別か』(中公新書)も挙げたい。ピンポイントだけれども象徴的かつ論争的なテーマを選びとったところに、これもやられた!と感じました。
NHK出版新書の川端美季『風呂と愛国 「清潔な国民」はいかに生まれたか』も、モヤモヤ感を絶妙な社会的広がりのある問いに変換していて編集の妙を感じます。
そのほか、印象的なのは梶原麻衣子『「〝右翼〟雑誌」の舞台裏』(星海社社新書)で、著者の立場に賛同するか否かにかかわらず、思考を刺激する作りになっています。
並べてみるとやはり、レーベルごとに個性がありますね。新書の懐は深いです。


岸山さん
アメリカ大統領選の年は池上さんの「知ら恥」はよく売れるので今回も助かりましたが、ほかにアメリカものを出せなかった。全般に国際政治関連のテーマは、各社から刊行が少なかった印象があります。一昨年ぐらいから、トランプ大統領再選の可能性は言われていましたが、結局最後まで読めなかったことが影響していそうです。

黒田さん
笑い話になりませんが、トランプとヒラリーが争った二つ前の大統領選の時に、ヒラリー優勢という大方の予想に乗って、社内の別媒体でその想定の出版企画を進めていました。ところが、トランプの当選を受けて慌てて軌道修正することに。選挙絡みで予測を立てるのは、近年殊に難しくなっていますね。

岸山さん
アメリカ絡みでは、渡辺将人『台湾のデモクラシー メディア、選挙、アメリカ』(中公新書)が面白かったです。

黒田さん
アメリカを専門とされている著者が、比較研究として台湾を分析するという。台湾総統選を真っ向からではなく、角度をつけた取り上げ方になっています。

中山さん
今回の選挙では、既刊の新書が参照される機会も多かった気がします。

岸山さん
確かに、『リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義』(中公新書)、『アメリカとは何か 自画像と世界観をめぐる相剋』(岩波新書)などは、渡辺靖さんが、トランプが大統領になったらどうなるかにとどまらず、アメリカ政治社会の現象自体を解説しているので、二〇二四年の選挙でも参照できますよね。あるいは金成隆一『ルポ トランプ王国 1・2』(岩波新書)なども。
二〇二五年は「戦後八〇年」「昭和一〇〇年」ですが、企画は動いていますか?

黒田さん
満を持して、吉田裕『続・日本軍兵士』を年明け早々に出します。ただ中公新書では企画成立から二~三年後の刊行が目標なので、今から無理して突貫工事でタイミングを合わせることは考えていません。また今戦争がリアルに感じられる空気の中で、自分たちの足元を見つめ直す一冊として、今年出した麻田雅文『日ソ戦争 帝国日本最後の戦い』が好評なので、引き続きプッシュしていきたいと思います。
中公新書は「事実のみの持つ無条件の説得力」を刊行の辞に掲げていますが、それに対して編集者一人一人が、「中公新書とは何か」を考えながら、二〇二五年も日々新書を作っていきます。

岸山さん
私も復刊でもいいから、何かしら毎夏、戦争物を作っておかなければと意識していますし、二〇二五年の「戦後八〇年」という節目にもやはり、出しておきたいと思っています。戦後が続くのか、それが怖くもありますが。

中山さん
戦後八〇年で言えば、今も議論の争点となっている基本的なテーマをラインナップに揃えたいと考えています。
編集長になって以来、「新書とは何ぞや」という議論を編集部のメンバーと交わしています。そこで共有されているイメージは、多くの人が知りたいというテーマがあり、問いに対する著者なりの答えがあるという、シンプルな形を大切にしようというものです。それこそが、岩波新書が創刊時に掲げた「現代人の現代的教養」という基本でもあると今は考えています。

岸山さん
新書は、社会的役割を果たしやすいジャンルだと思うんです。立場が違う人や、同じ意見ではない人にも読んでもらうのにはどうすればいいか、そこを考えなければいけないと常に思っています。陰謀論にどっぷり染まってしまった方々には対応しようがありませんが、川の中ほどにいる人に関心を持ってもらえる、トンデモより面白い選択肢を用意する。それが、書き手や版元の人間のできることだと思うんです。そういう時にパッケージとして提示しやすいのが、新書だと思っているんですよね。

中山さん
そこにジャンルとしての新書の価値があると思います。そのことを私たちはもっと積極的に発信していかなければなりませんね。時には会社の垣根を越えて、時には著者を巻き込んで。新書の魅力を再発見する時期に来ています。

黒田さん
全く同感です。参入している版元も、テーマの選択肢も多様で、潜在力が高いパッケージだと思うので、そこをどうアピールしていくか。
まず身近なところでは、月刊『中央公論』に毎年掲載される新書大賞を、さらに盛り上げることから、やっていこうと思います。
