



信用調査書に見る江戸の気質
江戸時代特有の社会風俗を浮き彫りに
萬代 悠
近年、江戸時代が理想郷であったかのような言説が多くみられる。たとえば、日本人の気質については、開国後に来日した欧米人の言説からみえる日本人の「美徳」(清く明るく誠実な心)が大きく注目されてきた。大都市の江戸についても、リサイクルによるゴミ処理や上下水道の整備にもとづく「清潔都市」として、あるいは緑豊かな環境を形作った大名庭園の存在にもとづく「森林環境都市」として、高く評価されることもある。しかし、これらは極めて一面的で、「都合のよい」ところを切り抜いただけの評価ともいえる(岩淵令治「遙かなる「江戸」創出される町人のユートピア」(『書物学』第九巻、二〇一六年)。過度な江戸時代礼賛は、善意や献身を強要する根拠に、あるいは極端な政策の正当化に利用されてしまう危険性を持っている。
私は、常々、江戸時代を理想郷とする言説に反感を覚えていた。というのも、当時の訴訟記録や法令をひもとくだけでも、裁判所へ意図的に遅参する者、甘い言葉で契約偽装を当事者一方に承諾させる者、わざと財産を親族のもとに秘匿し破産を申請する者など、不誠実な人びとが少なからず存在したからだ。そして、この違和感を決定的にしたのが、三井大坂両替店が顧客の信用情報(担保や家族構成、人柄、業種、家計状態など)を記録した信用調査書の発見だった。
三井大坂両替店は、現・三井グループの元祖である三井高利が元禄四年(一六九一)に開設した総合金融機関で、当初は幕府公金の送金を担当する店舗として設置された。しかし、多額の幕府公金を一時的に預かり、それを融資に転用できる役得から、金融取引を拡大し、民間相手としては江戸時代最大級の金融業者に成長した。
驚くべきことに、三井大坂両替店については、享保一七年(一七三二)から明治二年(一八六九)までの一三八年間、三八二五人もの顧客の信用情報を書き留めた記録が現存している。三井大坂両替店では、顧客から借入の申し込みを受けると、若手の従業員が顧客の隣人や親類、取引先にまで聞き込み調査をし、上司に報告する形をとっていた。この報告書が現存する信用調査書である。信用調査書を読み解き、一番に目を引かれたのは、顧客の人柄が調査された例が大変多くあったことだ。浪費癖や横領癖はもちろん、取引や付き合いのうえでの不誠実さが顧客にあれば、詳細に記録され、ほとんどの場合、三井大坂両替店はそのような顧客に融資しなかった。
これは逆に、江戸時代には不誠実な人びとが少なからず存在したことを示している。一方で、不誠実な行動はもちろん、不誠実であると疑われるような行動をしたとしても、それはすぐ噂として広まり、以後、当事者には悪評がついて回ったことがわかる。仮に、江戸時代の人びとの多くが誠実であったとすれば、誠実であらねば生きていけない社会であったからではないだろうか。本書の特徴のひとつは、三井大坂両替店を通して、江戸時代特有の社会風俗をも浮き彫りにしようとした点にある。
(まんだい・ゆう=法政大学准教授・経済史・日本近世史)(二八八頁・一一〇〇円・中央公論新社)

終活としての「脱・能力主義」
教育社会学と組織開発の知見から
勅使川原 真衣
とってつけたように「多様性(ダイバーシティ)」や「包摂(インクルージョン)」が叫ばれるはるか前から、私たちはすべからく多様なかたちで生を受けている。それなのに、世界を良し悪しや優劣で「分ける」ことで、「分かった」気になり、「分け合い」まで決めることに慣れ過ぎてしまったのではないか?能力主義「だけが」配分原理である必然性は実はないのではないか? というのを私は、教育社会学と組織開発の知見から問うている。
「能力」や「地位」「年収」などを尺度にして、その人の存在の重さ・軽さが測られようとも、多くの人が文句の一つも言えない社会は、まずもって不自然である。先の尺度が高いとされる人は、能力主義が配分原理である以上、多くを手にすることになり、それは自身の努力の証だと解釈しがちだし、もらえるものはもらっておくのが人間の性とも言えよう。よって、今「勝者」とされる人の口からは、この原理を見直そうとのかけ声はそうそう上がらない。一方の今しんどい立場にある人は、努力以前に、どうにもならない環境・背景を恨もうとも、能力主義社会にあってはそうした主張すらも発言権を奪われがちである。仮に声を上げても、ルサンチマン(負け惜しみ)や努力不足だと一蹴されることすらある。どこにどのような状態で生まれ落ちるかなんてまったくの偶然の巡り合わせなのに、そこにもっともらしい理屈をつけて、助け合うどころか競争する社会でありつづけて……いいはずがない。人口減少社会にあってはなおのことだ。
他方で、「あなたもいわば『勝者』なのに、なぜこんな(しつこく!)主張するのか?」と訊かれることがある。そこには組織開発者であり著作家である以前に、進行がんと闘いながら幼子を育てるひとりの母親としての実存が強く影響している。教育から労働の実態を知れば知るほど、この子たちを残してこの世を去るには忍びなくてたまらないのだ。
子どもたち、もとい、広く次世代を生きる方々には、「居てくれてありがとう」ということばを耳にタコができるほど耳にして生きていってほしい。「これくらいできないと困るのはきみだよ」とか、「そんなだからだめなんだよ」なんてことばではなく。そしてなんぴとも固有であり、違っていて当たり前なのだから、それに対して良し悪しをつけて分け隔てる(評価する)のではなく、「おもしろいね、そう考えるのか!」と他者との凸凹を見出し合い、「組み合わせ」を愉しんでほしい。
「解るということは、それによって自分が変わるということ」と語ったのは歴史学者の上原專祿だ。「優秀」な誰かが社会を作っているのではなく、あなたをつうじて私が変わるという相互変容が、社会を作っている。
能力主義以前に、存在の承認からはじまる社会。微力でもその一助になれば、私は生きようが死のうが大差ないと思っている。私の終活は、読者のおかげですでに永遠のものだ。ここに深謝申し上げる。
(てしがわら・まい=組織開発コンサルタント)(二六四頁・一〇七八円・集英社)

公益性を持った報道のために
潜入記者が一〇〇人生まれることを期待して
横田 増生
「私には夢がある。それは、いつの日か、日本に潜入記者が一〇人、いや一〇〇人生まれることだ」
二〇二四年九月に刊行した『潜入取材、全手法』(角川新書)の冒頭に、そう書いた。もちろん、キング牧師の名演説のパクリである。
冒頭の一文を書いた時、頭の中にあったのは、私が〝潜入取材大国〟と呼んでいるイギリスである。
九〇年代に取材でイギリスを訪れた時のこと。
ホテルで夕方のニュース番組を見ていると、隠しカメラを持った取材班が、地元で麻薬を違法に販売しているというウワサがあるパパママストアで麻薬を買おうとする。麻薬を販売する瞬間をカメラに収め、「犯人逮捕」とばかりに放映するのを見た。日本のほのぼのとした夕方のニュースとは極北となる硬派な調査報道に腰を抜かしそうになった。
それだけではない。
アマゾン・ドット・コムの物流センターに限っただけでも、一三年以降、公共放送のBBCや経済紙のフィナンシャルタイムズ紙、高級紙のガーディアン紙などが次々と潜入取材を行っている。
『潜入ルポ amazon帝国』を書くため渡英した際、私はアマゾンの物流センターで潜入取材した記者から話を聞いた。
左派タブロイド紙であるサンデー・ミラー紙のアラン・セルビーは、こう言う。
「潜入前に、社内の法務部に相談したが、何も問題はない、という見解だった」
フリーランスのジャーナリストであるジェームズ・ブラッドワースも、履歴書には本名と学歴を記載した。
「フィナンシャルタイムズ紙に潜入記を載せたが、法的トラブルは起こっていない」と言う。
イギリスでは潜入取材を名誉毀損などの裁判から保護する法制度があるのか、と訊くと、特別な法制度があるわけではない、と言う。
二人が異口同音に口にしたのは、「公益性」という言葉だ。
アラン・セルビーはこう話す。
「私たちが裁判に訴えられても、負けるはずがない。なぜなら、アマゾンのような大企業を報道することには公益性があるからだ」
翻って日本はどうだろう。
鎌田慧が書いた『自動車絶望工場』は、トヨタ自動車に半年働いた潜入ルポ。この本は大宅壮一ノンフィクション賞の候補作に挙げられたが、しかし「取材の仕方がフェアでない」として受賞を逃す。
それが一九七〇年代の話。
ノンフィクション作家の清武英利は二〇〇一年、読売新聞中部本社の社会部長に就いた。清武も『自動車絶望工場』に触発され、トヨタへの潜入取材の可能性を探るが断念する。
「急速に法令順守の強化を図る新聞社では、もはや(潜入取材は)許されない時代になっていた」と書いている。
けれども、NHKや読売新聞といった大手メディアがお行儀よく、正面からの企業取材を続けていけば、民主主義の土台を作る公益性を持った報道を損なうことにはならないか。
日本において、調査報道の一つの手法である潜入取材の裾野が今後広がることで、これまで目に見えてこなかった事実が浮かび上がる日が来ることを心待ちにしている。

ためになり楽しみにもして学ぶ
架空の理想的芸術大学のための、高級な「初級教科書」

エズラ・パウンドは、二十世紀前半を代表する文学者であると同時に、優れた教育者でもあった。本書はパウンドによって、詩学(文学)を「いかに読むか」が明解に示された「教科書」である。
冒頭の辞には〈「ためになるとともに楽しみにもして」読むことができるような教科書をつくること〉とあり、「警告」に〈どんな精密な研究だろうと、その対象が元来人の心を喜ばせることを目的とした芸術であるからには、陰鬱と厳粛はまったく場違いである〉とつづく。
パウンドの講義は時に辛辣だが、明快で実に小気味がいい。それはパウンドが抽象論でなく、常に具体性を重んじるからだろう。たとえば〈『いかに読むか』の命題を立証する機会に恵まれることになった〉ときには、コンサートを計画してさえいる。ドビュッシーとラヴェルに関して〈いままでに書かれたすべての批評を読んで知りえたであろうものよりも〉そのコンサートを聴いた人々は〈はるかに多くのことをいまや知るにいたった〉とパウンドは記す。
〈抽象論ないし一般論は、最終的に事実と合致すると分ってはじめて本物である〉と書くように、その指導は、本書にリストされた作品に、読者が出会ってはじめて実を結ぶ。本書はあくまで入門書であり、〈リストに挙げた本は、他の本を計測し、評価するまえに、念頭におくべき本である。とくに強調しておくが、それは読む価値のある本のすべてではない〉。
第一部では「必読書リスト」に作家や作品を挙げた理由を解説する。「サッフォー」については〈時代が古いから〉リストに挙げた、〈読んでみると、これほどすばらしいものはないと思うようになるだろう〉と書かれている。パウンドは無駄に美文や意味ありげな批評を振り廻しはしないのだ。
一方、〈音楽は舞踏からあまりにも遠ざかると腐敗する。詩は音楽からあまりに遠ざかると委縮する〉〈無能さはことばを多く使いすぎることで現れる〉など、実践的なアフォリズムも並ぶ。生徒のための具体的な実習課題の事例、〈重大な欠陥が七つはない、バイロンあるいはポウの詩を一篇見出すように努めよ〉などが、多数並んでいるのも興味深い。
パウンドの指導は手厚い。第二部では、実際の作品の原文とパウンドによる翻訳(本書では邦訳に変換)に、独特な解説が付されている。
しかつめらしい教科書の真逆を目指すパウンドは、「勝手気まま」という小見出しの断片に、「しかし、先生、読まなくちゃならんのでしょうか……ワーズワスを」などと、会話文を紛れ込ませもする。「手抜き」をしたと告白する箇所もある。この自由さがパウンドの信じる、芸術を真に学ぶことに通じるのだろう。付載「いかに読むか」の中の〈創造されたすぐれた一つの力としての文学の役割は、まさに、人間に生きつづけようという気持を奮いたたせることにあ〉るという言葉も心に残った。
時代も場所も離れたところにある文学論を、隔たりを感じず受け止めることができるのか、本を開く前には懸念があった。しかし〈まさに能うかぎり意味を充電させた言語である〉ところの〈偉大な文学〉、中でも凝縮された詩とは、普遍的なものでありえるのだと改めて気づくことになった。パウンドは書いている。〈古典が古典であるのは〉〈ある種の永遠不変の抑えがたい新鮮さがあるからである〉と。
本書は〈架空の理想的芸術大学のための、まことに高級な「初級教科書」〉であり、新しい価値観の光を当てられ見直された、優れた文学史である。

先の見えない時代のお守り
「使える」制度を使えるようにする
雨宮 処凛
この原稿を書いている今、医療脱毛大手「アリシアクリニック」の破産が話題だ。
前払いで数十万を払った人などが報道を受け、店舗に駆けつけているという。また、突如破産を知らされた従業員は「泣き寝入りしかないのか」と悔しい思いを吐露している。
そこで伝えたいのが「未払賃金立替払制度」だ。会社が潰れた場合、労働者健康安全機構が代わって賃金を支払う制度で、労働基準監督署で手続きできる。
このように、この国には「知っている人だけが恩恵を受けられる」制度が無数にある。例えばコロナ感染ひとつとってもそうだ。職場の飲み会で感染した場合は労災になるが、多くの人はそのことを知らない。また、外資系での解雇は「仕方ない」と思われがちだが、外資系でも日本の労基法が適用されるので、即日解雇などは当然違法である。
仕事以外にも、「生きる」上でのトラップはあらゆるところに存在する。
病気になったら。お金がなくなったら。その果てに住まいを失い、携帯が止まったら。親の介護が必要になったら。
『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』は、この先が心配すぎる独り身・フリーランスの私が自分の不安をすべて潰すために書いた一冊だ。
例えば病気になったら。勤め人であれば傷病手当金があるが、私の場合、フリーランス共済に入っておくという手がある。家賃の支払いに困れば住居確保給付金があるし、料金滞納で携帯が止まって新たに作れなくなった場合、厚労省はブラックリスト入りしても作れる携帯会社の一覧を公表している。親の介護が必要になったらまずは何を差し置いても「地域包括支援センター」に行くべきだし、毒親に関わりたくなければ、「施設探しから納骨まで」を担ってくれる家族代行業もある。
また、所持金も仕事もなく万策尽きたという場合は生活保護がある。持ち家や車があると利用できないという誤解があるが、持ち家は資産価値が二千数百万円以下であれば(都内だと三千万円以下であれば)住み続けながら利用が可能。車は通勤や通院に必要と認められれば所持したままでOKだ。
また、病気で働けなくなり貯金が尽きるケースも多いが、生活保護を利用すれば医療費は無料。高額な医療費のために体調不良を押して働く人もいるが、制度を利用して治療に専念するという方法もある。
このように、この国には「使える」制度がたくさんある。しかし、役所は「メニューを見せてくれないレストラン」のようなものなので、向こうから親切に「あなたはこういう制度が使えますよ」と教えてくれることは滅多にない。だからこそ、この一冊を書いた。
「ラーメン一杯の値段で無敵になれる」「一家に一冊」という嬉しい感想を頂いている。先の見えない時代、お守り代わりにぜひ、持っていてほしい。

〈未来の他者〉へ応答するために
〈我々の死者〉をもたない日本人に向けて
大澤 真幸
政治学者エリカ・チェノウェスによると、21世紀になってから、市民的抵抗(現状打破を求める非暴力政治キャンペーン)の頻度が急速に高まっている。20世紀の平均のおよそ5倍である。これはグローバルな傾向で、目的にかかげられるイシューも多様だ。
が、日本にいると、この指摘には驚く。「5倍」と言えば、統計の数値などに頼らなくても日常的に体感できるレベルである。しかし、日本では、今世紀に入ってから特段に、大規模な市民的抵抗の運動の数が増えている、ということはない。
どうして、日本では、市民的抵抗が少ないのか。21世紀に入ってから日本社会がことのほか順調だから……ではない。日本人が〈未来の他者〉にコミットしていないからである。自分よりも後にやってくる世代、自分たちの死後に現れる他者たちの願望や要求に応えたい、〈未来の他者〉の幸福に貢献したい。日本人には、このような〈未来の他者〉への思いが乏しい。
では、どうして日本人に、〈未来の他者〉に応答しようという意欲が低いのか。原因は、未来とは逆の過去との関係の方にある、というのが本書での私の着想である。〈未来の他者〉と反対側にいる他者、つまり〈死者〉である。
日本人は、十分な歴史的深度をもった〈我々の死者〉をもたない。〈我々の死者〉とは、現在の〈我々〉がその人たちのおかげで存在できている、それゆえその人たちの願望を引き継ぎ、彼らの果たし得なかった夢を完成させたいと思わざるをえない〈死者〉のことである。日本人は、歴史のある時点で、〈我々の死者〉を失った。「ある時点」とは? 1945年8月に敗戦したときである。戦後の日本人は、戦争に関わった人たちがそのために死んでいった大義を引き受けるわけにはいかない。それを打ち捨てることにこそ、戦後の意義があった。しかしそのとき、日本人は〈我々の死者〉を喪失した。
たとえば日本人の歴史意識を教科書以上に強く規定してきた司馬遼太郎の小説を思い返してみるとよい。司馬は本来、日本の戦争、とりわけノモンハン事件を書きたいという野心をもっていた。しかし彼が実際に書いた最も新しい時代は、日露戦争である。書かれなかった40年の空白がある。〈死者〉の系列が、現在の〈我々〉と結びついていない。
これが歴史をめぐる知識の問題にとどまるのであれば、たいしたことではない。しかし、もしこのことが、現代の日本人の未来に向けての政治的態度を無意識のうちに規定し、制限しているのだとすればどうか。我々は〈我々の死者〉を回復しなくてはならない。
が、これは困難な課題だ。なぜなら、戦争の死者を英霊として祀るというようなやり方は、〈死者〉の喪失よりも悪いからである。敗戦を挟んで、我々は、一方で、〈我々の死者〉との断絶を認めなくてはならず、他方で、〈我々の死者〉との連続を取り戻さなくてはならない。こんな二律背反を克服できるのか。
できる。私は本書でいくつかの文学作品、とりわけ村上春樹の作品を読むことを通じて、可能性を示唆するところまではもっていったつもりだ。
来年は戦後80年である。だから私は、この本を今年のうちに世に送り出した。
